してそのまた理由の一つとしては電車の運転のスケジュールが科学的研究にその基礎を置いてない間に合わせなものだということもあげられはしないかと想像されるのである。
それはとにかく、争議中の電車に乗って往来している間に自分の気づいた現象の一つは、各線路における各時刻の乗客数の異常である。少なくも争議開始後二三日は全線いったいに乗客が少ないではないかと思われた。これは市民の出足がなんとない不安のためにいくぶん止められたためかと想像された。しかしまた、乗り換え切符を出さなくなったために乗客の選ぶコースが平常と変わり、その結果としていつもは混雑するある時刻のある線路が異常に閑散になったというような現象もあるらしく思われた。この異常時の各線路の乗客数の調査をしたら市電将来の経営について非常にいい参考資料が得られるであろうと思ったが、しかし電気局ではその当時それどころの騒ぎではなかったであろう。
背広服の運転手や車掌はなんとなく電車内の空気をなごやかにする。いつもは生きた機械か、別世界から出張した人間のように思われるこれらの従業員が、こうして見るとやはり乗客の自分らと同じ人種に見えるから妙である。
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