うやく止む。鐘《かね》が淵《ふち》紡績《ぼうせき》の煙突《えんとつ》草後に聳《そび》え、右に白きは大学のボートハウスなるべし、端艇《ボート》を乗り出す者二、三。前は桜樹の隧道《ずいどう》、花時思いやらる。八重桜多き由なれど花なければ吾には見分け難し。植半《うえはん》の屋根に止れる鳶《とび》二羽相対してさながら瓦にて造れるようなるを瓦じゃ鳥じゃと云ううち左なる一羽嘲るがごとく此方《こっち》を向きたるに皆々どっと笑う。道傍に並ぶ柱燈|人造麝香《じんぞうじゃこう》の広告なりと聞きてはますます嬉しからず。渡頭《わたしば》に下り立ちて船に上る。千住《せんじゅ》よりの小蒸気けたゝましき笛ならして過ぐれば余波|舷《ふなばた》をあおる事少時。乗客間もなく満ちて船は中流に出でたり。雨催《あまもよい》の空濁江に映りて、堤下の杭に漣※[#「さんずい+猗」、第3水準1−87−6]《れんい》寄するも、蘆荻《ろてき》の声静かなりし昔の様尋ぬるに由なく、渡番小屋《わたしばんごや》にペンキ塗の広告看板かゝりては簑《みの》打ち払う風流も似合うべくもあらず。今戸《いまど》の渡《わたし》と云う名ばかりは流石《さすが》に床《
前へ
次へ
全9ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング