自転車おびたゞし。左脇の家に人|数多《あまた》集《つど》い、念仏の声洋々たるは何の弔いか。その隣に楽焼《らくやき》の都鳥など売る店あり。これに続く茶店二、三。前に夕顔棚ありて下に酒酌む自転車乗りの一隊、見るから殺風景なり。その前は一面の秋草原。芒《すすき》の蓬々《ほうほう》たるあれば萩の道に溢れんとする、さては芙蓉《ふよう》の白き紅なる、紫苑《しおん》、女郎花《おみなえし》、藤袴《ふじばかま》、釣鐘花《つりがねばな》、虎の尾、鶏頭、鳳仙花《ほうせんか》、水引《みずひき》の花さま/″\に咲き乱れて、径《みち》その間に通じ、道傍に何々塚の立つなどあり。中に細長き池あり。荷葉《かよう》半ば枯れなんとして見る影もなきが一入《ひとしお》秋草の色に映りて面白し。春夏の花木もあれども目に入らず。しのぶ塚と云うを見ているうち我を呼びかける者あり。ふりかえれば森田の母子と田中君なり。連れ立って更に園をめぐる。草花に処々《ところどころ》釣り下げたる短冊《たんざく》既に面白からぬにその裏を見れば鬼ころしの広告ずり嘔吐を催すばかりなり。秋草には束髪《そくはつ》の美人を聯想すなど考えながらこゝを出でたり。腹痛よ
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