東橋《あずまばし》に出《い》づ。腹痛やゝ治まる。向うへ越して交番に百花園《ひゃっかえん》への道を尋ね、向島堤上の砂利を蹴って行く。空いつの間にか曇りてポツリ/\顔におつれどさしたる事もなければ行手を急いで上へ/\と行く。道右へ廻りて両側に料理屋茶店など立ち並ぶ間を行く。右手に萩の園と掛札ある家を、これが百花園かと門内を覗《のぞ》くに、どうやら変なれば、客待ちの車夫に問うに、百花園はまだずっと先なり。大倉の別荘の石垣に、白赤の萩溢るゝがごときに、二輌の馬車門を出でて南へ馳せ去りたる、あれは喜八郎の一家か、車上の男女いたく澄まし顔なるが先ず癪に触りける。三囲《みめぐり》の稲荷《いなり》堤上より拝し、腹まだ治まらねば団子かじる気もなく、ようやく百花園への道札見付けて堤を右へ下り、小溝に沿うてまがりくねりの道を行く半町ばかり。道傍《みちばた》、溝の畔《ほとり》に萩みだれ、小さき社の垣根に鶏頭《けいとう》赤きなど、早くも園に入りたる心地す。
この辺紺屋多し。園に達すれば門前に集《つど》う車数知れず。小門|清楚《せいそ》、「春夏秋冬花不断」の掛額もさびたり。門を入れば萩先ず目に赤く、立て並べたる
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