事、ただこの三つの条件だけでも自分のような弱い者にはかなりに多く神経の不愉快な緊張を感じさせる。これが毎日日課のように繰返される間には、自分の顔の皺《しわ》の一つや二つは増すに相違ない。
近頃アメリカの学者の書いたものを読んでいたら、その中に、「英国人に比べてみると米国人の顔なり挙動なりはあまり緊張し過ぎている。これは心に余裕のない事を示す。その原因は気候の険悪などというためではなくて、人と人との間に養成された習慣が第二の天性に変化したのである。これを治療するにはやはり余裕のある人を模倣する事によって習性を改める外はない」と論じている。これを読んでなるほどと感心した。
しかしまだどうもこの説には充分に腑《ふ》に落ちないところがある。もし東京にあの風が吹かなかったら、もし東京の街の泥と塵がなかったら、そして電車の数を増すか、あるいはいっその事に全部無くしてしまったら、それだけでも東京市民の顔は幾分か柔らかく快いものになりはしまいかと思われる。
こう考える理由が一つある。
東京市民の顔の緊張がやや弛《ゆる》んで見える場所がある、それは外でもない風呂屋である。日本に特有なこの有難い公
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