電車と風呂
寺田寅彦
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)大抵《たいてい》神経過敏な緊張
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)美醜|老若《ろうにゃく》の別なく
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ](大正九年五月『新小説』)
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電車の中で試みに同乗の人々の顔を注意して見渡してみると、あまり感じの好い愉快な顔はめったに見当らない。顔色の悪い事や、眼鼻の形状配置といったようなものは別としても、顔全体としての表情が十中八、九までともかくも不愉快なものである。晴れ晴れと春めいた気持の好い表情は、少なくも大人の中にはめったに見付からない。大抵《たいてい》神経過敏な緊張か、さもなくば過度の疲労から来る不感《アパシイ》が人々の眼と眉の間や口の周囲に残忍に刻まれている。たまには面白そうに笑っている人があってもその笑いは多くの場合には笑わないよりも一層気持の悪い笑いである。これらの沢山《たくさん》の不愉快な顔が醸《かも》す一種の雰囲気は強い伝染性を持っていて、外から乗り込んで来る人の心に、すぐさま暗い影を投げ
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