のではあるが、ともかくもこれだけの片かなの名前を並べて、のどかにながめていると一種不思議な気持ちになって来る。今まで自分たちとは全くなんのゆかりもないように思われていた遠い国々の民族が何かしら、全くのあかの他人でないような気がして来る。古い言葉の四海兄弟という文字の意味が急に新しい光を浴びて現われて来るのを感じる。
 赤道へ行っても実際は地球儀にかいてあるような線はどこにも存在しない。地図の上ではちがった絵の具でくっきりと塗り分けられた二つの国の国境へ行って見ても、杭《くい》が一本立ってるくらいのものである。人間のこしらえた境界線は大概その程度のものである。人間の歴史のある時期に地球上のある地点に発生した文化の産物は時間の経過とともに人為的のあらゆる障壁を無視して四方に拡散するのは当然である。永代橋《えいたいばし》から一|樽《たる》の酒をこぼせば、その中の分子の少なくもある部分はいつかは、世界じゅうの海のいかなる果てまでも届くであろうように、それと同じように、楽器でも言語でも、なんでも、不断に「拡散《ディフュージョン》」を続けて来たものであろうと思われる。ただ溶媒中における溶質分子の拡
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