るようである。人間の手を触れる限りの物体にはたいていこの種の皮膜が知らぬ間に付着しているので、ガラスの表面の性質と思っているものが実はこの皮膜の性質であることがはなはだ多い。従ってわれわれ身辺の物理的現象には、この皮膜のいたずらが意外なところまでも入り込んでいるかもしれないのである。
たとえば、これもやはり私の洗面台の問題の一つであるが、前夜にたてた風呂《ふろ》の蒸気が室《へや》にこもっているところへ、夜間外気が冷えるのと戸外への輻射《ふくしゃ》とのために、窓のガラスに一面に水滴を凝結させる。冬の酷寒には水滴の代わりに美しい羽毛状の氷の結晶模様ができる。おもしろいことには、水滴が付着する場合に、一枚一枚のガラスの上のほうと下のほうとで、水滴の大きさや並び方に一定の統計的な相違があることである。これは温度の相違によるか、それともガラスのよごれ方の相違によるかという問題が起こって来る。次の問題は水滴が多量になると、それが自分の重さでガラス面に沿うて流れおりて来る際に、いくつかの水滴が時々互いに合流しきれいな樹枝状の模様を作るのであるが、それがその時々でまたいろいろの模様の変化を示し、しか
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