ロチシズムの要素をもっているということをこの絵が暗示しているように思われる。中川|一政《かずまさ》氏の素朴な静物も今日よく見直してみてもやはり何とも説明し難い実に愉快なすがすがしさをもっている。これらの絵はみんな附焼刃でない本当に自分の中にあるものを真正面に打出したものとしか思われない。これに反して今時の大多数の絵は、最初には自分の本当の感じから出発するとしても、甚だしいソフィスチケーションの迂路《うろ》を経由して偶然の導くままに思わぬ効果に巡り会うことを目的にして盲捜りに不毛の曠野《こうや》を彷徨《ほうこう》しているような気がする。青く感じたものは赤く塗り、丸く見えたらいびつに描くというような概念的機械的方法によって製作しているのではないかという疑いが起るのは、やはり許してもらう外ない。
近頃の絵は概して「きたない」のが多い。九月二日に日比谷交叉点で、ひどい皮膚病に冒された犬を見た。犬は自分の汚さは自覚していないが、しかし癢《かゆ》いことは感ずるから後脚でしきりにぼりぼり首の周りを掻いていた。近頃のきたない絵もやはり自分のきたなさは感じないがその癢さを感じてぼりぼりブラシで引掻いた
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