われる。それかといって一度育たなかった種は永久に育たぬときめることもない。前年に植えたもののいかんによって次の年に適当なものの種類はおのずから変わることもありうるのである。
健康である限りわれわれの食物はわれわれが選べばよいが、病気のときは医者の薬も必要かもしれない。しかし薬などのまずになおる人もあり薬をのんでも死ぬ人もある。書物についても同じことがいわれはしないか。
クリスマスの用意に鵞鳥《がちょう》をつかまえてひざの間にはさんで首っ玉をつかまえて無理に開かせた嘴《くちばし》の中へ五穀をぎゅうぎゅう詰め込む。これは飼養者の立場である。鵞鳥の立場を問題にする人があらばそれは天下の嘲笑《ちょうしょう》を買うに過ぎないであろう。鵞鳥は商品であるからである。人間もまた商品でありうる。その場合にはいやがる書物をぎゅうぎゅう詰め込むのもまたやむを得ないことであろう。そういう場合にこの飼料となる書籍がいっそう完全なる商品として大量的に生産されるのもまた自然の成りゆきと見るべきであろうか。
日本では外国の書物を手に入れるのがなかなか不便である。書店に注文すると二か月以上もかかる。そうして注文部
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