この男バナナと隠元豆《いんげんまめ》を入れたる提籠《さげかご》を携えたるが領《えり》しるしの水雷亭[#「水雷亭」に傍点]とは珍しきと見ておればやがてベンチの隅に倒れてねてしまいける。富米野と云う男熊本にて見知りたるも来れり。同席なりし東も来り野並も来る。
こゝへ新《あらた》に入り来りし二人連れはいずれ新婚旅行と見らるゝ御出立《おんいでたち》。すじ向いに座を構えたまうを帽の庇《ひさし》よりうかゞい奉れば、花の御かんばせすこし痩せたまいて時々小声に何をか物語りたまう双頬《そうきょう》に薄紅さして面《おも》はゆげなり。人々の視線一度に此方《こなた》へ向かえば新郎のパナマ帽もうつむきける。この二人|間《ま》もなく大阪行のにて去る。引きちがえて入り来る西洋人のたけ低く顔のたけも著しく短きが赤き顔にこればかり立派なる鬚《ひげ》ひねりながら煙草を人力《じんりき》に買わせて向側のプラットフォームに腰をかけ煙草取り出して鬚をかい上ぐるなどあまり上等社会にもあらざるべし。これと同じ白衣着けたる連れの男は顔長く頬髯《ほおひげ》見事なれど歩み方の変なるは義足なるべし。この間改札口幾度か開かれまた閉じられて汽
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