あし》もあわれなり。左側の水楼に坐して此方《こっち》を見る老人のあればきっと中風《ちゅうぶう》よとはよき見立てと竹村はやせば皆々笑う。新地《しんち》の絃歌《げんか》聞えぬが嬉《うれ》しくて丸山台まで行けば小蒸汽《こじょうき》一|艘《そう》後より追越して行きぬ。
 昔の大名それの君、すれちがいし船の早さに驚いてあれは何船と問い給えば御附きの人々かしこまりて、あれはちがい船なればかく早くこそと御答え申せば、さらばそのちがい船を造れと仰せられし勿体《もったい》なさと父上の話に皆々またどっと笑う間に船は新田堤にかかる。並んで行く船に苅谷氏も乗り居てこれも今日の船にて熊本へ行くなりとかにてその母堂も船窓より首さしのべて挨拶する様ちと可笑《おか》しくなりたれど、じっとこらゆるうちさし込む朝日暑ければにや障子ぴたりとしめたり。程なく新高知丸の舷側《げんそく》につけば梯子《はしご》の混雑例のごとし。荷物を上げ座もかまえ、まだ出帆には間もあればと岩亀亭《がんきてい》へつけさせ昼飯したゝむ。江上油のごとく白鳥飛んでいよいよ青し。欄下の溜池に海蟹《うみがに》の鋏《はさみ》動かす様がおかしくて見ておれば人を呼
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