漁《すなど》りの業《わざ》なるべし。百足山《むかでやま》昔に変らず、田原藤太《たわらとうた》の名と共にいつまでも稚《おさな》き耳に響きし事は忘れざるべし。湖上の景色見飽かざる間に彦根城いつしか後になり、胆吹山《いぶきやま》に綿雲這いて美濃路《みのじ》に入れば空は雨模様となる。大垣の商人らしき五十ばかりの男|頻《しき》りに大垣の近況を語り関《せき》が原《はら》の戦《いくさ》を説く。あたりようやく薄暗く工夫体《こうふてい》の男|甲走《かんばし》りたる声張り上げて歌い出せば商人の娘堪えかねてキヽと笑う。長良川《ながらがわ》木曽川いつの間にか越えて清洲と云うに、この次は名古屋よと身支度《みじたく》する間に電燈の蒼白き光曇れる空に映じ、はやさらばと一行に別れてプラットフォームに下り立つ。丸文《まるぶん》へと思いしが知らぬ家も興あるべしと停車場前の丸万と云うに入る。二階の一室狭けれども今宵《こよい》はゆるやかに寝るべしと思えば船中の窮屈さ蒸暑《むしあつ》さにくらべて中々に心安かり。浴後の茶漬も快く、窓によれば驟雨《しゅうう》沛然《はいぜん》としてトタン屋根を伝う点滴の音すゞしく、電燈の光地上にうつ
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