]然《ようぜん》として向うの口|銭《ぜに》のまわりほどに見ゆ。これを過ぐれば左に鳰《にお》の海《うみ》蒼くして漣※[#「さんずい+猗」、第3水準1−87−6]水色|縮緬《ちりめん》を延べたらんごとく、遠山|模糊《もこ》として水の果ても見えず。左に近く大津の町つらなりて、三井寺《みいでら》木立に見えかくれす。唐崎《からさき》はあの辺かなど思えど身地を踏みし事なければ堅田《かただ》も石山も粟津《あわづ》もすべて判らず。九つの歳《とし》父母に従うて東海道を下りし時こゝの水楼に※[#「魚+條」、第4水準2−93−74]魚《はや》の塩焼の骨と肉とが面白く離るゝを面白がりし事など思い出してはこの頃の吾なつかしく、父母の老い給いぬる今悲しかり。さては白湾子《はくわんし》と共に名古屋に遊びし帰途伊勢を経て雪夜こゝに一夜を明かせし淋しさなどもさま/″\偲ばる。草津の姥《うば》が餅《もち》も昔のなじみなれば求めんと思ううち汽車出でたれば果さず。瀬田《せた》の長橋《ながはし》渡る人稀に、蘆荻《ろてき》いたずらに風に戦《そよ》ぐを見る。江心白帆の一つ二つ。浅き汀《みぎわ》に簾様《すだれよう》のもの立て廻せるは
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