由。先ずとなせ小浪《こなみ》が道行姿《みちゆきすがた》心に浮ぶも可笑《おか》し。やゝ曇り初《そ》めし空に篁《たかむら》の色いよ/\深くして清く静かなる里のさまいとなつかしく、願わくば一度は此処《ここ》にしばらくの仮りの庵《いおり》を結んで篁の虫の声|小田《おだ》の蛙《かわず》の音にうき世の塵に汚《けが》れたる腸《はらわた》すゝがんなど思ううち汽車はいつしか上り坂にかゝりて両側の山迫り来る。山田の畔《あぜ》にしれい[#「しれい」に傍点]のごとき草花面白きは何と云うものにや。この辺りまで畑打つ男女|何処《どこ》となく悠長に京びたるなどもうれし。茶畑多くあり。春なれば茶摘みの様《さま》汽車の窓より眺めて白手拭の群にあばよ[#「あばよ」に傍点]などするも興あるべしなど思いける。大谷《おおたに》に着く。この上は逢坂《おうさか》なり。この名を聞きて思い出す昔の語り草はならぶるも管《くだ》なるべし。さねかずらとはどんなものかしらず、蔦《つた》這《は》いでる崖に清水したゝって線路脇の小溝に落つる音涼し。窓より首さしのべて行手を見るに隧道《ずいどう》眼前に※[#「穴かんむり+目」、第3水準1−89−50
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