り]
など例の癖そろ/\出で来る。大阪にて海南学校出らしき黒袴《くろばかま》下り、乗客も増したり。幸いに天気あまり暑からざればさまでに苦しからず。山崎を過ぐれば与一兵衛《よいちべえ》の家はと聞けど知る人なし。勘平《かんぺい》らしき男も見えず、ただ隣りの男の眼付やゝ定九郎《さだくろう》らしきばかりなり。五十くらいの田舎女の櫛《くし》取り出して頻《しき》りに髪|梳《くしけず》るをどちらまでと問えば「京まで行くのでがんす。息子が来いと云いますのでなあ」と言葉つき不思議なるを、国はと問えば広島近在のものなる由。飾り気一点なきも樸訥《ぼくとつ》のさま気に入りてさま/″\話しなどするうち京都々々と呼ぶ車掌の声にあわたゞしく下りたるが群集の中にかくれたり。京に入りて息子とかの宿に行くまでの途中いさゝか覚束なく思わるゝは他人のいらぬ心配かは知らず。やがて稲荷《いなり》を過ぐ。伏見人形に思い出す事多く、祭り日の幟《のぼり》立並ぶ景色に松蕈《まつたけ》添えて画きし不折《ふせつ》の筆など胸に浮びぬ。山科《やましな》を過ぎて竹藪ばかりの里に入る。左手の小高き岡の向うに大石|内蔵助《くらのすけ》の住家今に残れる
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