偽の程は保証の限りでない。
雑煮の味というものが家々でみんな違っている。それぞれの家では先祖代々の仕来《しきた》りに従って親から子、子から孫とだんだんに伝えて来たリセプトに拠って調味する。それが次第次第にダイヴァージして色々な変異を生じたではないかという気がする。とにかく他家の雑煮を食うときに「我家」と「他家」というものの間に存するかっきりした距《へだ》たりを瞬間の味覚に翻訳して味わうのである。
土佐の貧乏士族としての我家に伝わって来た雑煮の処方は、椀の底に芋一、二片と青菜|一《ひ》とつまみを入れた上に切餅一、二片を載せて鰹節《かつおぶし》のだし汁をかけ、そうして餅の上に花松魚《はながつお》を添えたものである。ところが同じ郷里の親類でも家によると切餅の代りに丸めた餅を用い汁を味噌汁にした家もあった。ある家では牡蠣《かき》を入れたのを食わされて胸が悪くて困った記憶がある。高等学校時代に熊本の下宿で食った雑煮には牛肉が這入っていた。土佐の貧乏士族の子の雑煮に対する概念を裏切るような贅沢なものであった。比較にならぬほど上等であるために却って正月の雑煮の気分が出なくて、淡い郷愁を誘われるの
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