新年雑俎
寺田寅彦
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)這入《はい》って
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)近所|合壁《かっぺき》の
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)考慮に入[#「入」は底本では「人」]れた
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数年前までは正月元旦か二日に、近い親類だけは年賀に廻ることにしていた。そうして出たついでに近所|合壁《かっぺき》の家だけは玄関まで侵入して名刺受けにこっそり名刺を入れておいてから一遍奥の方を向いて御辞儀をすることにしていたのであるが、いつか元旦か二日かが大変に寒くて、おしまいには雪になったことがあって、その時に風邪を引いて持病の胃に障害を起したような機会から、とうとう思い切って年賀廻りを廃してしまった。すると、その翌年は正月がたいそう暖かくて廻礼廃止理由の成立が少々怪しくなったようであった。
年賀に行くと大抵応接間か客座敷に通されるのであるが、そうした部屋は先客がない限り全く火の気がなくて永いこと冷却されていた歴史をもった部屋である。這入《はい》って見廻しただけで既に胴ぶるいの出そうな冷たさをも
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