った部屋である。置時計、銅像、懸物、活花《いけばな》、ことごとくが寒々として見えるから妙である。
 瓦斯《ガス》ストーヴでもあると助かるが、さもなくて、大分しばらく待たされてから、やっと大きな火鉢の真中に小さな火種を入れて持参されたのでは、火のおこるまでに骨の髄まで凍ってしまいそうな気がする。またストーヴがあるにはあっても、その部屋の容量を考慮に入れないで瓦斯消費量のみを考慮に入[#「入」は底本では「人」]れたようなストーヴだと効果はやはり同様である。そういう寒い部屋で相対坐している主人に百パーセントの好意を感じようとするのは並々ならぬ意志の力を必要とするようである。
 多くの家では玄関は家の日裏にあり北極にあたる。昼頃近くになっても霜柱の消えないような玄関の前に立って呼鈴《よびりん》を鳴らしてもなかなかすぐには反応がなくて立往生をしていると、凜冽《りんれつ》たる朔風《さくふう》は門内の凍《い》てた鋪石《しきいし》の面を吹いて安物の外套《がいとう》を穿《うが》つのである。やっと通されると応接間というのがまた大概きまって家中で一番日当りの悪い一番寒い部屋になっているようである。
 自分が
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