国にとっては軍事上からも水産事業のためにも非常に必要であるということは、実に分りきったことであるが、この分り切ったことがどういう訳か昔の日本の政府の大官には永い間どうしても分らなかったのである。故人北原多作氏のごとき少数な篤学の官吏の終生の努力と熱心によってようやく水産に聯関した海洋調査がやや系統的に行われるようになりはしたが、自分の知る限りでは時々の政府の科学的理解のない官僚の気まぐれなその日その日の御都合による朝令暮改《ちょうれいぼかい》の嵐にこの調査の系統が吹き乱される憂いが多分にあった。せっかく続けている観測も上長官が交迭《こうてつ》して運悪く沿革も何も考えぬような後任者が来ると、こんな事やっても何にもならんじゃないかの一言で中止になるという恐れがあった。おまけに万一にも眼界の狭い偏執的《へんしゅうてき》な学者でも出て来て、自分に興味のないような事項の観測の無用論を唱えたりするような場合には事柄はますます心細くなる。幸いに近年は農林省方面でも海洋観測の必要を痛切に認識して系統的な調査もようやくその緒に就いたようで、誠に喜ばしい次第である。
ともかくも、こういう大切な観測事業を
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