とびら》をドンドンたたく。しばらく待ってもあけてくれぬ。またドンドン靴《くつ》でける。しばらく待っているとやっとあけてくれた。入れちがいにまた一人塔へ上る人があって、これにも同じ事をいって外から錠をおろす。「セバストポールの鐘をごらんなさい」と先に立って、反対の側の鐘楼へ導く。黒の頬冠《ほおかぶ》り、黒の肩掛けで、後ろの裳《も》はぼろぼろにきれかかっている。欄干から恐ろしい怪物の形がいくつもパリを見おろしている。
「この怪物をごらんなさい。Penseur. 年じゅうこうやって頬杖《ほおづえ》をついたまま考えています」という。また鐘楼へもどってはいる。左側にあるのがクリミヤから持ってきたいわゆるセバストポールの鐘、右側のがここのブールドン目方が幾キログラムある、中にさがった舌がいくらいくらと説明する。鐘をゆり動かす仕掛けを見せてくれる。そばにあった鉄の棒でガンガンと軽く鳴らして見せました。特別の祭日でなくてはこの鐘はほんとうには撞《つ》かぬそうです。ユーゴーの小説の種にしたギリシア文字のらく書きはほんとうにあるかときいてみましたら、「今はもうありません。あなたもカジモドの話を御存じですね
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