」といって、青い顔をして笑いました。
 もとの入り口の所へ帰ると、さきに塔へ上った男がまた私と同様に内からドンドンたたいている。御免なさいといってあけてやってまた鐘を見せに連れて行きました。
 また次に御報いたします。きょうはカルネバルの Mardi−gras ですからにぎわうことだろうと思います。
[#地から3字上げ](明治四十四年三月、東京朝日新聞)

     パリから(二)

 このあいだここのユーゴー博物館というのを見ました。ユーゴーの住まっていた家で遺物など陳列して公衆に見せているのです。ユーゴーの描いた絵がたくさんあってなかなかうまいものだと感心しました。この人の作物中の光景を描いたいろんな画家の絵もあります。「ミゼラブル」の中でファンティーヌが往来で乱暴な男に肩へ雪の塊《かたまり》をおっつけられるところもあります。これはユーゴーが実際に見た出来事だそうです。案内者が萌黄色《もえぎいろ》の背広を着た英国人らしいのに説明していました。萌黄の背広に萌黄の柔らかい帽子を着たこういう男にたいていな所で出くわすのは不思議なくらいです。ノルウェーの船でもこんな男に会ったし、ヴェスーヴ
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