ンの低いうなりが響いたり消えたりしていました。右側の回廊の柱の下にマドンナの立像があってその下にところどころ活版ずりの祈祷《きとう》の文句が額になってかけてあります。この祈祷をここですれば大僧正から百日間のアンジュルジャンスを与えるとある。「年ふるみ像のみ前にひれふしノートルダームのみ名によりて祈りまつる、わが神のみ母よ……」というような文句であります。数世紀の間パリの喜び悲しみをわれらの祖先がここにこの像の前に喜び悲しんだというような文句がある。若い女が黒い紗《しゃ》で顔をかくして手に長い蝋燭《ろうそく》を持って像の前に立った。そして欄にもたれてひざまずいてじっとしている。美しい肩が時々波を打って、帽子の黒い鳥の羽がふるえるように見えました。マドンナのすぐわきにジャンダークの石膏像《せっこうぞう》がある。この像の仕上げのために喜捨を募るという張り札がしてある。回廊の引っ込んだ所には、僧侶《そうりょ》が懺悔《ざんげ》をきく所がいくつもある。一昨年始めてイタリアのお寺でこの懺悔をしているところを見ていやな感じがしてから、この仕掛けを見るごとに僧侶を憎み信徒をかわいく思います。奥の廊下の扉
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