います。市庁の前で馬車を降りてノートルダームまで渦巻《うずまき》の風の中を泳いで行きました。どこでも名高いお寺といえばみんな一ぺん煤《すす》でいぶしていぶし上げてそれからざっとささらで洗い流したような感じがしますが、このお寺もそうです。ほかの名高い伽藍《がらん》にくらべて別に立派なとも思いませんが両側に相対してそびえた鐘楼がちょっと変わった感じを与えます。入り口をはいるとここに限らず一時まっ暗になる。足もとから不意に鋭い声でプール・レ・ポーヴルと呼びかける。まっ白い大きな頭巾《ずきん》を着た尼さんが袋をさし出している。袋の底から銀貨が光っていました。はいって来る信徒らは皆入り口の壁や柱にある手水鉢《ちょうずばち》に指の先をちょっと入れて、額へ持って行って胸へおろしてそれから左の乳から右の乳へ十字をかく。堂のわきのマドンナやクリストのお像にはお蝋燭《ろうそく》がともって二三人ずつその前にひざまずいて祈っている。蝋燭を売るばあさんがじろじろと私を見る。堂のまん中へ立って高い色ガラスの窓から照らす日光を仰いで見るのはやはりよい心持ちがします。午後でしたからお勤めはありません。しかし時々オルガ
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