々と書いたもののいっこうつまらなくなりました。
[#地から3字上げ](明治四十四年二月、東京朝日新聞)

     パリから(一)

 私の宿はオペラの近くでちょっと引っ込んだ裏町にあります。二三町出るとブールバール・デジタリアンの大通りです。たいてい毎朝ここへ出て角《かど》で新聞を買います。初めてノートルダームに行った日はここから乗合馬車に乗ってまずバスチールの辻《つじ》まで行きました。音に聞いた囚獄は跡方もありません。七月の碑という高い記念碑がそびえているばかりです。頂上には自由の神様が引きちぎった鎖と松明《たいまつ》を持って立っています。恐ろしい風の強い日で空にはちぎれた雲が飛んでいるので、仰いで見ているとこの神像が空を駆けるように見えました。辻の広場には塵《ちり》や紙切れが渦巻《うずま》いていました。
 広場に向かって Au canon という料理屋があって、軒の上に大砲の看板が載せてあります。ここからまた馬車の二階に乗ってオテルドヴィーユまで行きました。通りの片側には八百屋物《やおやもの》を載せた小車が並んでいます。売り子は多くばあさんで黒い頬冠《ほおかぶ》り黒い肩掛けをして
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