町の家々の窓にもワイナハトバウムの光が映って、ところどころ音楽も聞こえて愉快そうに見えました。十一時過ぎにむすこが帰って来ましたが、私はもう室《へや》へ帰って床の中で新聞を見ていましたから、その夜は会いませんでした。夜ふけるまで隣の室で低い話し声が聞こえていました。むすこはそれから三日目の晩食後に帰って行きましたが、その晩食の席で主婦がサンドウィッチをこしらえて新聞に包んでやりました。汽車の着くのは夜半だからといって、いちばん厚いパンの切れを選《よ》っていました。食事が済んで汽車の出るまでだいぶ間があるので、むすこはピアノの前へすわってワイナハトの歌などひいていました。主婦《かみ》さんとむすこは始終いろいろ話しておりましたが、兄妹の間にはいっこうなんの話もありませんでした。それでもネクタイはやっとできあがったそうでした。
 ゆうべはジルヴェスターアーベンドというので、またバウムに蝋燭《ろうそく》をともしました。そして食後にあたたかいプンシュを飲んで、お菓子をかじりました。食堂の棚《たな》に飾ってある葡萄《ぶどう》が毎日少しずつなくなるのは不思議だという話が出ました。きょうはたった四つに
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