なったといってわざわざ見せてくれました。ある主婦が盗み食いをする下女を懲らすためにお菓子の中へ吐剤を入れておいた話も聞きました。スタルク嬢は下稽古《したげいこ》でおそくなってやって来ました。この人はいつでも忙しい忙しいといっています。田舎芝居《いなかしばい》で毎日変わった物を演ずるので、下読みが忙しいそうです。ある日、いつも外出する時間に出ないで室《へや》にいましたら、隣の食堂で下読みが始まってちょっと驚きました。あとで聞いたらレッシングの「ミンナ・フォン・バルンヘルム」とかであったそうです。
この大晦日《おおみそか》の晩十二時に日本へ送る年賀状を出しに出ました。町の辻《つじ》で子供が二三人雪を往来の人に投げつけていました。市役所のへんまで行くと暗やみの広場に人がおおぜいよっていて、町の家の二階三階からは寒いのに窓をあけて下をのぞいている人々の顔が見える。市役所の時計が十二時を打つと同時に隣のヨハン会堂《キルヘ》の鐘が鳴り出す。群集が一度にプロージット・ノイヤール、プロージット・ノイヤールと叫ぶ。爆竹に火をつけて群集の中へ投げ出す。赤や青の火の玉を投げ上げる。遅れて来る人々もあちこち
前へ
次へ
全27ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング