には疑いもないが、その結果として数学にかからない自然現象は見て見ぬふりをしたり、無理に数学にかけうるように自然をねじ曲げるような傾向を生じてくる。この弊がこうじるとかえって科学の本然の進展を阻害しはしないか。
あらゆる自然科学は結局記載の学問である。数学的解析は実にその数学的記載に使われるもっとも便利な国語である。しかしこの言語では記載されなくても他の言語で記載さるべき興味ある有益なる現象は数限りもなくある。
あまり道具を尊重し過ぎて本然の目的を忘れるのは有りがちな事であるから、これもよく考えてみなければならない。
ついでながら、先日ある日本語の上手な漢字も自由に書けるドイツ人から聞いた話によると、漢字を学ぶ唯一の方法は、ただ暇さえあればそれらの文字とにらめくらをする事だといっていた。なるほどあの根気のいいドイツ人に、日本語のうまい、そして文字までも書く事のできる人の多いわけだと思った。もしかすると、ドイツ人がいったいに数理的科学に長じているように見えるのは、やはり同じ根気のよさ執拗さに起因しているのではないかという疑いが起こった。そう考えてみるとドイツ人の論文の中に、少なくもま
前へ
次へ
全8ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング