どうでもよい事にして、平凡な実際問題として見た時にも、数学の学習と語学の学習とは方法の上でかなり似通《にかよ》った要訣《ようけつ》があるようである。
 語学を修得するにまず単語を覚え文法を覚えなければならない。しかしただそれを一通り理解し暗記しただけでは自分で話す事もできなければ文章も書けない。長い修練によってそれをすっかり体得した上で、始めて自分自身の考えを運ぶ道具にする事ができる。
 数学でも、ただ教科書や講義のノートにある事がらを全部理解しただけではなかなか自分の用には立たない。やはりいろいろな符号の意味をすっかり徹底的にのみ込む事はもちろん、またいろいろな公式をかなりの程度まで暗記して、一度わがものにしてしまわなければ実際の計算は困難である。
 それで語学も数学もその修得は一気呵成《いっきかせい》にはできない。平たくいえば、飽きずに急がずに長く時間をかける事が、少なくとも「必要条件」の一つである。
 ただしこれだけでは「充分なる条件」ではない。いくら単語をたくさん覚え、文法をそらんじてもよい文章は書けないと同様に、いくら数学に習熟してもそれで立派なオリジナルな論文が書けるとは限
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