まず》かせたり、田圃道に小さな陥穽《おとしあな》を作って人を蹈込《ふみこ》ませたり、夏の闇の夜に路上の牛糞《ぎゅうふん》の上に蛍を載せておいたり、道端に芋の葉をかぶせた燈火《あかり》を置いて臆病者を怖がらせたりと云ったような芸術にも長じていた。月夜に往来へ財布を落しておいて小蔭にかくれて見ている、通行人があたりを見廻わしてそれを拾おうとするときに、そっと手許の糸を手繰《たぐ》ると財布がひとりでするすると動き出すというような深刻な教育法をも実行した事があったようである。こういう巧智はしかしことごとくが亀さんの独創によるものではなくて、大部分は重兵衛さんの晩酌時の講話の時に授かったものであった。重兵衛さんの寺子屋時代の悪戯《いたずら》にはずいぶん過劇なものもあったようである。
 こういう、学校では教わらない悪戯教育も、今から考えてみると自分には色々な意味で有益であり貴重なものであったように思われる。人生行路に横たわる幾多の陥穽に対する警戒の芽生えを植付けてくれたような気がする。他人の軽微な苦痛を己《おの》が享楽の小杯に盛ろうとする不思議な心理がいかなる善良な人々の心の奧にも潜在することを教
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