っとつぐみや鶸鳥《ひわ》が引掛かるが、自分のにはちっともかからなかった。鰻釣《うなぎつ》りや小海老《こえび》釣りでも同様であった。亀さんは鳥や魚の世界の秘密をすっかり心得ているように見えた。学校ではわりに成績のよかった自分が、学校ではいつもびりに近かった亀さんを尊敬しない訳には行かなかった。学校で習うことは、誰でも習いさえすれば覺えることであり、一とわたりは言葉で云い現わすことの出来るような理窟の筋道の通ったことばかりであったが、亀さんの鳥や魚の世界に関する知識は全く直観的なものであって、とうてい教わることの出来ない種類のものであった。亀さんは眼をつむっていてもその心の眼には森の奥における鳥の行動や水底の魚の往来が手に取るように見えすくかと思われるのであった。そういう種類の、学校では教わることの出来ない知識が存在するということ、そういう知識が貴重なものだということを、この亀さんに教わったのである。
母や祖母は自分が亀さんと遊ぶことをあまり喜ばなかったらしい。亀さんは実際「行儀の悪い」子供であったろうし、また随分いたずらものでもあったらしい。草原の草を縛り合わせて通りかかった人を躓《つ
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