重兵衛さんの一家
寺田寅彦

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)小津《おづ》の家

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#「わな」に傍点]
−−

 明治十四年自分が四歳の冬、父が名古屋鎮台から熊本鎮台へ転任したときに、母と祖母と次姉と自分と四人で郷里へ帰って小津《おづ》の家に落ちつき、父だけが単身で熊本へ赴任して行った。そうして明治十八年に東京の士官学校附に栄転するまでただの一度も帰省しなかったらしい。交通の便利な今のわれわれにはちょっと想像し難いほどの長い留守を明けたものであるが、若い時から半分以上は他国を奔走してばかりいた父には五年くらいの留守は何でもないことであり、留守を守る祖母や母も当り前の事と思っていたものらしい。当時の土佐と熊本とでは、心理的には今の日本とカリフォルニアくらいのへだたりがあったのである。郷里へ引上げると間もなく次姉は市から一里くらい西のA村に嫁入りをしたので、あとは全く静かな淋しい家庭であった。その以前から長姉の片付いていたB家が三軒置いた隣りにあって、そこには自分より一つ年上の甥が居たから、自分の幼時
次へ
全16ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング