えてくれたようである。それから、冒険というものに対する本能的な興味の最初の小さな焔に点火してくれたとも考えられる。
 この頃活動写真で色々な空中戦の壮烈な光景を見せられる。空の勇士、選《え》りぬきのエースが手馴れの爆撃機を駆って敵地に向かうときの心持には、どこかしら、亀さんが八《や》かましやの隠居《いんきょ》の秘蔵の柿を掠奪に出かけたときの心持の中のある部分に似たものがありはしないか。こんな他愛のないことを考えることもある。それはとにかく、亀さんが鳥人になったらおそらく人並以上の離《はな》れ業《わざ》を演じ得る名操縦士になったことであろう。
 亀さんの妹の丑尾さんとはあまり一緒に遊ぶことがなかったようである。その頃は男の子と女の子が遊んでいると、他の遊び仲間から「おとことおなごとおにやんべ、やんがておややができやんしょ」と云って囃《はや》し立てられるのであった。しかしただ一度ある小春日のわが家の門前で起った些細な出来事だけがはっきり印象に残っている。多分七、八歳くらいの自分と五、六歳くらいの丑尾さんとが門前のたたきの斜面で日向《ひなた》ぼっこをしていた。自分が門柱にもたれてぼんやり前の
前へ 次へ
全16ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング