れだけにおしゃれでもあった。自宅では勉強が出来ないので円行寺橋《えんぎょうじばし》の袂《たもと》にあった老人夫婦の家の静かな座敷を借りて下宿していた。夏のある日の午後、いつものようにそこへ英語を教わりに行った時に、自分には初めての珍しい飲料を飲まされた。コップに一杯の砂糖水をつくって、その上に小さな罎に入った茶褐色の薬液の一滴を垂らすと、それがぱっと拡がって水は乳色に変わった。飲んでみると名状の出来ぬ芳烈な香気が鼻と咽喉《のど》を通じて全身に漲《みなぎ》るのであった。何というものかと聞くと、レモン油《ゆ》というものだと教えられた。今のレモン・エッセンスであったのである。明治十七、八年頃の片田舎の裁判所の書記生にしては実に驚くべきハイカラであったに相違ないのである。ゲーテのライネケフックスの訳本を読んで聞かせてくれたり、十歳未満の自分にミルの経済論、ルソーの民約論を教授してくれるという予告だけでもしてくれた楠さんは、たしかにその時代の新人であり、少なくも自分にとっては、来るべき「約束の国」の先触れをする天使の役をつとめてくれたように思われる。
 自分の一家がいったん東京へ移ってから再び郷
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