いの前兆のような妙な心持ちがからだのどこかから起こって来る。それは決して普通のおかしいというような感じではない。自分のさし延べている手をそのままの位置に保とうという意識に随伴して一種の緊張した感じが起こると同時にこれに比例して、からだのどこかに妙なくすぐったいようなたよりないような感覚が起こって、それがだんだんからだじゅうを彷徨《ほうこう》し始めるのである、言わばかろうじて平衡を保っている不安定な機械《メカニズム》のどこかに少しのよけいな重量でもかかると、そのために機械全体のつりあいがとれなくなって、あっちこっちがぐらついて来るようなものかもしれない。実際からだが妙にぐらぐらしたり、それをおさえようとすると肝心の手のほうががくりと動いたりするのである。
 |弱い神経《ウィークナーヴ》と言ってしまえばそれまでの事かもしれないが、問題はこれが「笑い」の前奏として起こる点にある。
 舌を出したり咽喉仏《のどぼとけ》を引っ込めて「あゝ」という気のきかない声を出したり、まぶたをひっくり返されたりするようななんでもない事が、ちょうど平衡を失ってゆるんでいるきわどいすきまへ出くわすためだかどうか、よ
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