くはわからないが、場合によってはこんな事でも、とにかくすでに「笑い」のほうに向かって、倒れかかっている気分に軽い衝撃《インパルス》を与えるような効果はあるらしい。
いよいよ胸をくつろげて打診から聴診と進んで来るに従って、からだじゅうを駆けめぐっていた力無いたよりないくすぐったいような感じがいっそう強く鮮明になって来る。そうして深呼吸をしようとして胸いっぱいに空気を吸い込んだ時に最高頂に達して、それが息を吹き出すとともに一時に爆発する。するとそれがちゃんと立派な「笑い」になって現われるのである。
何もそこに笑うべき正当の対象のないのに笑うというのが不合理な事であり、医者に対して失礼はもちろんはなはだ恥ずべき事だという事は子供の私にもよくわかっていた。そばにすわっている両親の手前も気の毒千万であった。それでなるべく我慢しようと思って、くちびるを強くかんだり、こっそりひざをつねったりするが、目から涙は出てもこの「理由なき笑い」はなかなかそれぐらいの事では止まらなかった。そのような努力の結果はかえって防ごうとする感じを強めるような効果があった。ところが医者のほうは案外いつも平気でいっしょに
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