笑い
寺田寅彦

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)漠然《ばくぜん》とした記憶

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例) |弱い神経《ウィークナーヴ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)どこかおなか[#「おなか」に傍点]に
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 子供の時分から病弱であった私は、物心がついてから以来ほとんど医者にかかり通しにかかっていたような漠然《ばくぜん》とした記憶がある。幸いに命を取り止めて来た今日でもやはり断えず何かしら病気をもっていない時はないように思われる。簡単なラテン語の名前のつくような病気にはかかっていない時でも、なんとなしに自分のからだをやっかいな荷物に感じない日はまれである。ただ習慣のおかげでそれのはっきりした自覚を引きずり歩かないというだけである。それで自分は、ちょうど色盲の人に赤緑の色の観念が欠けているように、健康なからだに普通な安易な心持ちを思料する事ができないのではないかと思う事もある。もっとも健康な人は、そういういい心持ちが常態であってみれば、病後ででもない限りやはりそれを安易とも幸福とも自覚しないだろう
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