《みね》の茶屋《ちゃや》からここまでかつぎ上げなければならぬ貴重なものである。雨のときはテントの屋根から集めるという。
 晴夜が三晩もあれば、観測は終了するはずであるが、ここへテントを張ってから連日の雨か曇りでどうしても星が見えない。しかしいつなんどき晴れるかもしれないから、だれか一人は交代の不寝番で空を見張っていなければならない。燈火が暗いから読書や書きものもぐあいがよくない。ラジオを聞いたらいいではないかといったら、電池を消耗するから時報と天気予報以外は聞かないのだという。これがアメリカあたりの観測隊であったら、おそらく電池ぐらいかなり豊富に運び上げて、その日その日のラジオで時を殺し、そうしてまたおそらくポータブルのジャズでステップを踏み、その上にうまいコーヒーで午後の一時間を陽気に朗らかに楽しむではないかと思う。
 しかしわが貧乏国日本の忠実な少壮学者は貧乏な大学の研究所のために電池のわずかな費用を節約しつつ、たくあんをかじり、渋茶に咽喉《のど》を潤してそうして日本学界の名誉のために、また人間の知恵のために骨折り働いているのである。
 ろうそくをはい上がって行く一匹の足長蜘蛛《あ
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