合って砕けやすいであろうし、また落下の衝動でも割れないわけにはゆかないであろうと思われた。
 その他にもいろいろな種類の噴出物がそれぞれにちがった経歴を秘めかくして静かに横たわっている。一つ一つが貴重なロゼッタストーンである。その表面と内部にはおそらく数百ページにも印刷し切れないだけの「記録」が包蔵されている。悲しいことにはわれわれはまだ、その聖文字《ヒエログリフ》を読みほごす知能が恵まれていない。
 数分の休息と三片のキャラメルで自分の体内の血液の成分が正常に復したと見えてすっかり元気を取りもどしてひと息に頂上までたどりつくことができた。
 頂上にはD研究所のT理学士が天文の観測をするためにもう十数日来テントを張って滞在している。バンベルヒの天頂儀《ゼニステレスコープ》をすえ付けて天頂近く子午線を通過する星を観測してこの地点の緯度をできるだけ精密に測定しておく、そうして他日また同じ観測を繰り返して、この地点が火山活動の影響のためにいくらかでも移動するかどうかを験出しようというのである。
 観測器械を入れたテントのそばには無線電信受信用のアンテナが張ってある。毎日午前十一時とかに東京天文台から放送される時報を受け取ってクロノメーターの時差を験するためである。
 このテントから少し北に離れて住居用の長方形テントが張ってある。ここがT君と陸地測量部から派遣された二人の測夫と三人の仮の宿である。これからまた少し離れた斜面にヤシャブシを伐採して急造した風流な緑葉ぶきの炊事小屋が建ててある。三本の木の株で組み立てられた竈《かまど》の飯釜《めしがま》の下からは楽しげな炊煙がなびいている。小屋の中の片側には数日分の薪材《しんざい》に付近の灌木林《かんぼくりん》から伐《き》り集めた小枝大枝が小ぎれいに切りそろえ積みそろえられていかにも落ち着いた家庭的な気持ちを感じさせる。
 測量部の測夫たちは多年こうした仕事に慣れ切っていて、一方では強力《ごうりき》人夫の荒仕事もすると同時にまた一方ではまめやかな主婦のいとなみもするのである。そうしてまた一方では観測仕事の助手としても役に立つという世にも不思議な職業である。年じゅう人の行かない山の中でこうした生活をして、陸地測量、地図作製という文化的な基礎仕事に貢献しているのである。
 測夫の一人はもう四十年も昔からこの仕事をつづけているそうで、北
前へ 次へ
全6ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング