味を知る人はおそらく一人もないかもしれない。
小浅間《こあさま》への登りは思いのほか楽ではあったが、それでも中腹までひといきに登ったら呼吸が苦しくなり、妙に下腹が引きつって、おまけに前頭部が時々ずきずき痛むような気がしたので、しばらく道ばたに腰をおろして休息した。そうしてかくしのキャラメルを取り出して三つ四つ一度に頬張《ほおば》りながら南方のすそ野から遠い前面の山々へかけての眺望《ちょうぼう》をむさぼることにした。自分の郷里の土佐《とさ》なども山国であるからこうしたながめも珍しくないようではあるが、しかし自分の知る郷里の山々は山の形がわりに単調でありその排列のしかたにも変化が乏しいように思われるが、ここから見た山々の形態とその排置とには異常に多様複雑な変化があって、それがここの景観の節奏と色彩とを著しく高め深めているように思われた。
まわりに落ち散らばっている火山の噴出物にも実にいろいろな種類のものがある。多稜形《たりょうけい》をした外面が黒く緻密《ちみつ》な岩はだを示して、それに深い亀裂《きれつ》の入った麺麭殻《ブレッドクラスト》型の火山弾もある。赤熱した岩片が落下して表面は急激に冷えるが内部は急には冷えない、それが徐々に冷える間は、岩質中に含まれたガス体が外部の圧力の減った結果として次第に泡沫《ほうまつ》となって遊離して来る、従って内部が次第に海綿状に粗鬆《そそう》になると同時に膨張して外側の固結した皮殻《ひかく》に深い亀裂を生じたのではないかという気がする。表面の殻《かく》が冷却収縮したためというだけではどうも説明がむつかしいように思われる。実際この種の火山弾の破片で内部の軽石状構造を示すものが多いようである。
それからまた、ちょっと見ると火打ち石のように見える堅緻《けんち》で灰白色で鋭い稜角《りょうかく》を示したのもあるが、この種のものであまり大きい破片は少なくもこのへんでは見当たらない。
厚さ一センチ程度で長さ二十センチもある扁平《へんぺい》な板切れのような、たとえば松樹の皮の鱗片《りんぺん》の大きいのといったような相貌《そうぼう》をした岩片も散在している。このままの形で降ったものか、それとも大きな岩塊の表層が剥脱《はくだつ》したものか、どうか、これだけでは判断しにくいが、おそらく後者であろう。こんな薄っぺらなものが噴出されたとしても、空中で衝突し
前へ
次へ
全6ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング