頭を今造った穴の中へ挿し入れて行った。いかにも用心深く徐々《そろそろ》と身体を曲げて頭の見えなくなるまで挿し入れた、と思うと間もなく引き出した。穴の大きさを確かめて始めて安心したといったように見えた。そしてすぐに隣の管に取りかかった。
私はこの歳になるまで、蜂のこのような挙動を詳しく見た事がなかったので、強い好奇心に駆られて見ているうちに、この小さな昆虫の巧妙な仕事を無残に破壊しようという気にはどうしてもなれなくなってしまった。
それからは時々、庭へ下りる度にわざわざ覗いてみたが、蜂の居ない時はむしろ稀であった。見る度に六稜柱の壁はだんだんに延びて行くようであった。
ある時は顎の間に灰色の泡立った物質をいっぱい溜めている事が眼についた。そして壁を延ばす代りに穴の中へ頭を挿しこんで内部の仕事をやっている事もあった。しかしそれがどういう目的で何をしているのだか自分には分らなかった。
そのうちに私は何かの仕事にまぎれて、しばらく蜂の事は忘れていた。たぶん半月ほど経ってからと思うが、ある日ふと想い出して覗いてみると蜂は見えなかった。のみならず巣の工事は前に見た時と比べてちっとも進んでい
前へ
次へ
全32ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング