めたりおどしたりした。自分は子供の時に蜂を怒らせて耳たぶを刺され、さんしち[#「さんしち」に傍点]の葉をもんですりつけた事を想い出したりした。あの時分はアンモニア水を塗るというような事は誰も知らなかったのである。
とにかくこんなところに蜂の巣があってはあぶないから、落してしまおうと思ったが、蜂の居ない時の方が安全だと思ってその日はそのままにしておいた。
それから四、五日はまるで忘れていたが、ある朝子供等の学校へ行った留守に庭へ下りた何かのついでに、思い出して覗《のぞ》いてみると、蜂は前日と同じように、躯《からだ》を逆様《さかさま》に巣の下側に取り付いて仕事をしていた。二十くらいもあろうかと思う六角の蜂窩《ほうか》の一つの管に継ぎ足しをしている最中であった。六稜柱形《ろくりょうちゅうけい》の壁の端を顎《あご》でくわえて、ぐるぐる廻って行くと、壁は二ミリメートルくらい長く延びて行った。その新たに延びた部分だけが際立《きわだ》って生々しく見え、上の方の煤けた色とは著しくちがっているのであった。
一廻り壁が継ぎ足されたと思うと、蜂はさらにしっかりとからだの構えをなおして、そろそろと自分の
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