何かと聞いた。見るとそれは黄道に近いところにあるし、チラチラ瞬きをしないからいずれ遊星にはちがいないと思った。そして近刊の天文の雑誌を調べてみるとそれが火星だという事がすぐに判った。星座図を出して来てあたってみるとそれは処女宮《ヴィルゴ》の一等星スピカの少し東に居るという事がわかった。それでその図の上に鉛筆で現在の位置をしるし、その脇へ日附をかいておいて、この夏中のこの遊星の軋道を図の上で追跡してみようという事にした。
 それが動機になって子供は空のよくはれた晩には時々星座図を出して目立った星宿《せいしゅく》を見較べていた。その頃はまだ織女《しょくじょ》や牽牛《けんぎゅう》は宵のうちにはかなりに東にあった。西の方の獅子宮には白く大きな木星が屋根越しに氷のような光を投げていた。
 星座図にある「変光星」というのは何かという疑問も出た、私は簡単な説明をしてやってちょうど見えていた「織女《ヴェガ》」のすぐ隣のベータ・ライラの面白い光度の変化を注意させた。それから夜ごとに気を付けて見ていると果して天文雑誌にある予報の通りに光が変るという事実が子供の頭にどういう風に感ぜられたか、それは私には分ら
前へ 次へ
全32ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング