なかった。
空を眺めているうちに時々流星が飛んだ。私は流星の話をすると同時に、熱心な流星観測者が夜中空を見張っている話をして、それからいわゆる新星《ノヴァ》の発見に関する話もして聞かせた。主《おも》だった星座を暗記していれば素人《しろうと》でも新星を発見し得る機会《チャンス》はあるという事も話した。
一秒時間に十八万六千マイルを走る光が一ヶ年かかって達する距離を単位にして測られるような莫大な距離をへだてて散布された天体の二つが偶然接近して新星の発現となる機会は、例えば釈迦の引いた譬喩《ひゆ》の盲亀《もうき》百年に一度大海から首を出して孔のあいた浮木にぶつかる機会にも比べられるほど少なそうであるが、天体の数の莫大なために新星の出現はそれほど珍しいものではない。ただ光度の著しく強いのが割合に稀である。
こんな話よりも子供を喜ばせたのは、新星の光が数十百年の過去のものだという事であった。わが家の先祖の誰かがどこかでどうかしていたと同じ時刻に、遠い遠い宇宙の片隅に突発した事変の報知が、やっと今の世にこの世界に届くという事である。
しかしそう云えばいったいわれらが「現在」と名づけているも
前へ
次へ
全32ページ中23ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング