たやす》くたしかめられようとは思わないからである。
こんな事からつぎつぎに空想をたどりながら、私は人間のあらゆる知識に関するいわゆるオーソリティというものの価値に考え及んだ。そして考えれば考えるほど、今まで安心だとばかり思っていた色々の知識の根柢が、脚元からぐらついて来るような気がした。しかしその時考えた事はここに書くにはあまりに複雑でそしてデリケートな、そして纏りのつきかねるものであった。
このような事を考えた翌日の同じ時刻に私は例のように二階の机の前に坐った。そして昨日の簑虫はと思っておおよそこの辺かと思う見当を捜してみたが見付からない。そのうちにずっと高いところの大きな枝に何か動くものがあると思ってよく見ると、それが昨日のあの把柄のついた簑虫であった。ただ意外な事には、昨日生死も分らないように静まり返っていたあの小哲学者とは思われないように活動しているのであった。簑の上端から黒く光った頭が出ていた。それが波を打って動くにつれて紡錘体は一刻みずつ枝の下側に沿うて下りて行った。時々休んで何か捜すような様子をするかと思うとまた急いで下りて行く、とうとう枝の二叉《ふたまた》に別れたと
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