ころまで来ると、そこから別の枝に移って今度は逆に上の方へ向いて彼の不細工な重そうな簑を引きずり引きずり這って行くのであった。把柄のような長い棒がいかにも邪魔そうに見えた。
見ているうちにだんだん滑稽な感じがして来てつい笑わないではいられなくなった。そして昨日K君に書いた端書は訂正しなければならないと思った。昨日の哲学者も今日はやっぱり自分の家を荷厄介に引きずりながら、長過ぎて邪魔な把柄をもて扱いながら、あくせくと歩いていた。いったいどういう目的で歩いているのだろうと考えてみたが、たぶんやはり食うためだろうとしか思われなかった。
その日の夕方思い付いて字引でみのむし[#「みのむし」に傍点]というのを引いてみると、この虫の別名として「木螺《ぼくら》」というのがあった。なるほど這って行く様子はいかにも田螺《たにし》かあるいは寄居虫《やどかり》に似ている。それからまた「避債虫」という字もある。これもなかなか面白いと思った。それから手近な動物の事をかいた書物を捜したが、この虫の成虫であるべき蝶蛾がどんなものであるか分らなかった。英語では何というかと思って和英辞書を開けてみたが虫の一種とあるば
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