のすきまから出ようとして狂気のようにもがいているさまはほんとうに物すごいようであった。その時の三毛の姿勢と恐ろしい目つきとは今でも忘れる事のできないように私の頭に焼きつけられた。
急いで戸をあけてやった。よく見ると、子猫のからだがまっ黒になっているし、三毛の四つ足もちょうど脚絆《きゃはん》をはいたように黒くなっている。
このあいだじゅう板塀《いたべい》の土台を塗るために使った防腐塗料をバケツに入れたのが物置きの窓の下においてあった。その中に子猫を取り落としたものと思われた。頭から油をあびた子猫はもう明らかに呼吸が止まっているように見えたが、それでもまだかすかに認められるほどのうごめきを示していた。
むごたらしい人間の私は、三毛がこの防腐剤にまみれた足と子猫で家じゅうの畳をよごしあるく事に何よりも当惑したので、すぐに三毛をかかえて風呂場《ふろば》にはいって石鹸《せっけん》で洗滌《せんじょう》を始めたが、このねばねばした油が密生した毛の中に滲透《しんとう》したのはなかなか容易にはとれそうもなかった。
そのうちにもう生命の影も認められないようになった子猫はすぐに裏庭の桃の木の下に埋め
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