た。埋めてしまった後に、もしやまだ生きていたのではなかったかという不安な心持ちがして来て非常にいやな気がした。しかしもう一度それを掘りかえして見るだけの勇気はどうしてもなかった。黒い油にまみれたあのおぞましい団塊に再び生命が復《かえ》って来ようとも思われなかった。
そのうちに一同が帰宅して留守中に起こった非常な事件に関する私からの報告を聞いているうちに、三毛はまた第二第三の分娩《ぶんべん》を始めた。私はもうすべての始末を妻に託して二階にあがった。机の前にすわってやっと落ち着いてみると、たださえ病に弱っている自分の神経が異常な興奮のためにひどく疲れているのに気がついた。
あとから生まれた三匹の子猫《こねこ》はみんなまもなく死んでしまった。物置きに入れられてからの三毛のはげしい肉体と精神の劇動がこの死産の原因になったのではないかと疑ってみた。この疑いはいつまでも私の心の奥のほうに小さな傷あとのようになって残っている。桃の木の下に三匹の同胞とともに眠っているあの子猫に関する一種の不安もおそらくいつまでも私の良心に軽い刺激となって残るだろう。
産後の経過が尋常でなかった。三毛は全く食欲を
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