家内じゅうのものが寄り集まってこの大きな奇蹟《きせき》を環視した。そのような事を繰り返す日ごと日ごとに、おぼつかない足のはこびが確かになって行くのが目に立って見えた。単純な感覚の集合から経験と知識が構成されて行く道筋はおそらく人間の赤子の場合と似たものではあるまいかと思われた。そしてその進歩が人間に比べて驚くべく急速である事も拒み難い。このように知能の漸近線《アシンプトート》の近い動物のほうが、それの遠い人間に比べてそれに近づく速度の早いという事実はかなり注意すべき事だと思ったりした。物質に関する科学の領域にはこれに似た例はまれであろう。
二匹の子猫はだいたい三毛に似た毛色をしていた。一つを「太郎」もう一つを「次郎」と呼んでいた。あとの二匹は玉のような赤黄色いのと、灰色と茶の縞《しま》のような斑《ぶち》のあるのとで、前のを「あか[#「あか」に傍点]」あとのを「おさる[#「おさる」に傍点]」と名づけていた、おさる[#「おさる」に傍点]は顔にある縞がいわゆるどこか猿《さる》ぐまに似ていたからだれかがそう名づけたのである。そうして背中の斑が虎《とら》のようだから「鵺《ぬえ》」だというものも
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