れたものと思われた。私は子を失った親のために、また親を失った子のために何がなしに胸の柔らぐような満足の感じを禁じる事ができなかった。
三毛の頭にはこの親なし子のちび[#「ちび」に傍点]と自分の産んだ子との区別などはわかろうはずはなかった。そしてただ本能の命ずるがままに、全く自分の満足のためにのみ、この養児をはぐくんでいたに相違ない。しかしわれわれ人間の目で見てはどうしてもそうは思いかねた。熱い愛情にむせんででもいるような声でクルークルーと鳴きながら子猫《こねこ》をなめているのを見ていると、つい引き込まれるように柔らかな情緒の雰囲気《ふんいき》につつまれる。そして人間の場合とこの動物の場合との区別に関する学説などがすべてばからしいどうでもいい事のように思われてならなかった。
どうかすると私はこのちび[#「ちび」に傍点]が、死んだ三毛の実子のうちの一つであるような幻覚にとらえられる事があった。人間の科学に照らせばそれは明白に不可能な事であるが、しかし猫《ねこ》の精神の世界ではたしかにこれは死児の再生と言っても間違いではない。人間の精神の世界がN元《ディメンジョン》のものとすれば、「記憶
前へ
次へ
全21ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング